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人生に 心に寄り添う 羅針盤スタイル

更新日:1月7日

ケ・セラ・セラ 若林 由香 さん




水泳に打ち込んだ中学時代。進路に悩んだ高校時代


「ホームページを拝見しましたが、経歴がたくさんですね」


そうなんですよ。


「湖南高校に進学されましたが、小中は地元に学校に通われていたんですか?」


そうです。地元、新居の学校に通っていて、小学校の時から佐鳴台のスイミングに通っていました。


「僕もずっと水泳やってました!」


そうなんですね(笑)


「水泳は好きだったんですか?」


たまたま知り合ったお友達がスイミングに通っていて、私も通い始めたのがきっかけです。

週6回スイミングに通ってすごく真剣にやっていたのは中3まででしたね。

高校に入ってからは水泳部に入りましたが、所属しているという感じで

中学までの真剣さはなくて緩い感じでした。

それでも大会には出場していたりしましたよ。


「そうなんですね。中学までがっつり水泳をやってきたということですが、もしかしてコーチはあの先生ですか?」


そうです!!!よく知ってますね。


「厳しい先生ということで、僕らの世代なら知らない人はいないくらい有名ですよ。」


そうなんですね〜(笑)相当シゴかれました(笑)


「水泳トークで盛り上がるとは思いませんでしたね(笑)高校に進学してから何か将来のことは考えていましたか?」


勉強があまり面白くなくなってきて、中学の頃は割とできた方だったんですけど

全然やる気が起きなくて‥。それでも生徒会には所属していたんですよ。


「そうなんですね〜。思春期によくある感じだと思います。小学生や中学生の時は将来なりたい職業はありましたか?」


ピアノに憧れてて保母さんになりたいなとか、小学校の先生が言ったアナウンサーや

コピーライターという言葉の響きでカッコよく思って憧れたりとか

定まってはなかったですね。好奇心の赴くままという感じですね。


「高校の生徒会に入ったきっかけは?」


水泳部の先輩から誘われて、生徒会をやっておくと内申が良くなると言われて入りました。

あるあるネタですね。

1年生から所属していましたが、活動の記憶はあまりないんですよね(笑)




化粧品会社への就職 百貨店勤務

開花した「接客業」の資質


「高校を卒業してからのことを教えてください。」


カネボウ化粧品に就職したんです。高校3年生の時に進学するつもりで予備校にも通っていたんですが進路をはっきりと決めていなかったんですね。

担任の先生が進路のことで電話してきたことがあって、おしゃれが好きなので専門学校とかもいいかなとか、心理学への興味もあったのでそっちの方もいいかなとか美術も好きだったので美大もいいなと思っていて。

決めきれずにいた時に、母が見かねて「就職にします」って先生に伝えてしまったんですよ。学校から帰ってきたら、先生に就職するって言っておいたからと…。


「お母様大胆ですね(笑)」


そうなんですよ。母がいろいろな会社に連絡をして資料を取り寄せて用意していて、就職先も化粧品会社の方と話をして母が目星をつけていたみたいで調べた中で一番良さそうなカネボウ化粧品に入りました。


「なるほど。カネボウ化粧品ではどのようなお仕事をされていましたか?」


美容部員として働いていて、遠鉄百貨店や西武とか松菱とか、長崎屋にもいきました。

長崎屋にいた時にはもうショップマスターとしてお店も任されていました。

配属される場所が変わっても私の売り上げは良くて2期連続のショップマスター賞も

いただいて東京まで表彰を受けに行ったこともあります。


「それはすごいですね!!ずっとショップで活動されていたんですか?」


ショップ勤務の後は美容教育課というチェーン店や美容部員に新商品のレクチャーに

行ったり研修をする部署に配属になりました。

でもそこでの仕事に窮屈さを感じてしまったんです。


「なるほど。教育となるとショップにいた時とは違いますよね。」


そうなんです。常に会社のなかにいましたし、上司もいますし働き方が変わってしまったんですよ。今思えば自由がなっくなってしまったからだと思います。

美容部員で働いていた時ももちろん数字に追われる厳しさだったりとかはありましたが、自分の思うようにやれていた部分はありましたね。


「そうなると窮屈な感じですよね。」


生意気だったんですよ(笑)ショップにいた時はやり方に納得できなくて仕事を抜け出して本部まで抗議に行って思いを伝えたりしたこともありました。

今の言葉なら面倒くさい、良く言えば仕事に熱い新人だったと思います(笑)

負けず嫌いで、絶対に売り上げをあげたいという思いが強くて、

情熱にあふれていたんです。


「負けず嫌いの性格というのはご自身で分かっていましたか?」


分かっていたと思います(笑)水泳も個人競技ですもんね。


「美容部員の時は研修などはあったんですか?」


最初の数ヶ月は新人研修があって、その後は毎月新商品がでるので月一回研修はありました。リップやファンデーションなどは春や秋に出たりしますが基礎化粧品などのアイテムが毎月出てくるので毎月受けていましたね。


「美容部員として入って最初の配属はどこだったんですか?」


それにも話がありまして、同期がまだ研修を受けていた時に私一人だけお店に出させてもらったんです。


「すごいですね!何か理由はあったのですか?」


新人恒例ワゴンセールというのがありまして、ストアでワゴンに商品を入れて販売するんですね。それは新人の研修では当たり前になっていて、そのセールで負けず嫌いの性格を発揮してずっと売り上げが一番だったんですよ。あらゆる手を使って(笑)


「新人の登竜門みたいな感じですね。」


そうですね。その時の売り上げが歴代のトップクラスだったので、その結果が見込まれてだったんだと思います。

上司の奥様がチェーン店の従業員をしているお店で、そこで半分店頭修行みたいな感じのことを、同期より先にやっていたんですね。

そこでかなり勉強させていただいたのもあって、遠鉄百貨店に配属になりました。


「百貨店は花形だと思いますし実力がないと配属されないですよね。」


実力なのかは分かりませんが、個々の持っているものでチェーン店向きだったり百貨店向きだったりするので、どちらが良いというわけではないと思いますけど。


「百貨店にいったのはおいくつの時だったんですか?」


実店舗研修してからなので18歳の時ですね。


「ということは実店舗研修から遠鉄さんに立つまでに一年かかっていないということですよね。それまでにバイトなどで接客の経験はあったんですか?」


ないですね。高校生の時は見つからないバイトをこっそりやっていましたけど(笑)

裏方なので人と接するバイトはしていなかったですね。


「もともとの素質が開花した感じですかね?」


持っている星とかを見ると天真爛漫な部分あって、

仕事モードと普段のモードとギャップはあるかもしれませんが仕事モードに入ったときの

勢いみたいなものはあるかもしれないですね。


「なるほど。水泳も水の中に入ると周りの状況はあまりわからずにゾーンに入りますから、そこも繋がっているのかもしれませんね。」


そうですね。過集中というかがっつり集中する時は他のことが何も入ってこない状態にはなりますね。


「遠鉄さんにはどれくらいいたのですか?」


2年半くらいですね。その後、西武に配属になって長崎屋の店舗に行きました。


「教育の方に配属されたのはおいくつの時だったんですか?」


長崎屋の後だったので22か23歳くらいですね。異例の大抜擢だったんです。

今思えば本当にありがたい辞令だったんですけど…その後退社してしまいました。

その当時世間知らずだったので、キャリアを構築してという考えが

できなかったんだと思います。

教育になった時に雑務も多くなってしまって、張り合いが無かったんです。

現場に居たいというのも、もちろんありましたし、

東京へ教育の研修に行くのも大変でしたし、今考えるとほんと浅はかだったなと思います。


「カネボウさんに所属していた時は挫折とかはありましたか?」


些細なことはありましたけど、若さと元気で走っていた感じだったので、充実していましたね。でも、担当していたセミナーの日に上司からの電話で起きて焦ったことはありましたね(笑)




いろいろな職種を経験

子育て中心の日々


「カネボウさんを退社されて次にやりたいお仕事は決まっていたんですか?」


全然決まっていなくて。でも、その後仲がよかった上司のカネボウのショップでバイトをしたり、友達とご飯を食べに行って仲良くなった居酒屋でバイトをしたりしていました。


「なるほど。いろいろなことをやっていたんですね。」


そうなんです。その後、当時お付き合いしていた方が福岡にいたので現地で就職活動をしましたが大変でした。

エステティシャンで募集があったので応募したら、蓋をあけてみたら化粧品の訪問販売だったんです。

歩合制でしたが、自信もあったのでやってみることにしたんですが一つも売れなかったんです!その理由は商品が一つも好きじゃなかったし、その会社の売り方にも納得できていなかったんです。疑問点が払拭できていなくて、よく考えてみたら商品に惚れ込めてなかったんですよ。それが自分の中でわかってすぐに辞めてしまいました。


「好きじゃないと売れないですよね?」


そうなんですよ。カネボウの時は商品が好きだったし、売り方も模索していたことはありましたけど、本当に良いと思っていたのでお客様に勧められられたんです。自分が良いと思わなければ勧められませんよね。それを心から思いましたね。

それからダスキンさんへ営業で入りましたが、現場の作業ばかりで大変で…

その後行った歯医者さんは歯科助手の資格もとって2年くらい勤めました。


「資格をとってから働いたんですか?」


先生のご好意で通わせていただいて歯科助手の資格を取りました。

そこで働かせていただいたんですが、どんなに頑張っても歯医者さんと歯科衛生士さんを超えられないということが分かってしまって…

大学も出て免許も持っているので当たり前のことだと分かっていたんですが、その状況が面白くなくて…


「そこでも負けず嫌いが出てしまった感じですか?」


そうですね(笑)

その後結婚をして、彼の友達が起業をすることになって店長を任されて、

一年くらい働きましたが妊娠を期に退職しました。


「そこでは店長ということですが、接客もされていたんですか?」


もちろんやっていましたし、在庫の管理や売り上げの管理だとか、どうやったらお客さんが来てくれるかをオーナーと一緒に考えたりしていましたね。


「ほぼほぼ経営者みたいな感じですね。」


いやいやそんなレベルではないですけどね。

確かにいろいろな管理はしていましたけど、本当に自分のお金で会社を動かすのとは違いますからね。

やり方やノウハウは吸収はさせていただきました。振り返ると人と関わるような仕事をしてきていて、そういった仕事が好きだし得意なんだと思います。


「お子様が生まれてからは子育てに専念されたんですか?」


えー実は子供が1歳ちょっとの時に浜松に戻ってきて、シングルマザーになったんです。


「お仕事はどうされていたんですか?」


まずは子供を預けるところを探して、母の勧めで職業訓練校に通ってエクセルとワードを習いました。

そこの所長さんとご縁があって「明日ソニーの人事の方が来るよ」って言われて次の日に紹介していただいて見学に行くことになりました。その時に派遣社員でとうですかという打診がありましたが、子供もいて不安定な仕事はしたくなかったので派遣社員だったらお断りしますと伝えたら、まずはソニーとの直接の契約社員で働いて欲しいというお返事がきました。ボーナスも出るし有給もとれるし、ゆくゆくは正社員にというお約束もいただいてソニーの間接業務として働くことになりました。


「一気に話が進みましたね?」


そうなんです。試作の課に配属になって業者さんとのやりとりがあったりとか、現場と設計の間のやりとりで新規部品の発注や納入のチェックなどをしてました。


「試作というとマル秘とかもあったりして楽しそうな印象ですが、その後正社員として働いたんですか?」


それがなれなかったんです!(笑)契約は5年なんですけど、3年目の時に正社員に登用するような動きがあったんですが、当時のソニーの内部事情もあったんです。ちょうどその時33歳だったんですけど、契約満期まで勤めると35歳になってしまう、そうすると再就職が難しくなると思って35歳になるまでに転職しようと思いました。


「就職活動はどのような感じでしたか?」


家から近くて土日休みでと、当たり前ですけど子供優先の就職活動になって、次に入ったのが工場の現場でした。毎日1000個くらい車の部品を扱って体も大変で…自分の希望や自分の才能や特技はそっちのけで、条件が揃って子育てがしやすい環境で、お給料もいただけてという条件で選んでいました。


「そこでのお仕事はどうでしたか?」


現場で働いていましたが、女性でパソコンができる人がいなかったのもあって事務系のこともやって欲しいというリクエストをいただきました。

ちょうど現場兼事務という働き方をしていた女性の後を私が引き継ぐような形で、マニュアルなんかも作りました。

35歳の時に再婚したんですけど、仕事も順調でしたし続けていました。




自分の人生を諦めたくない

飛び込んだ会社での「自分磨き」と起業への扉


「経歴を拝見するとベンチャー起業へ転職されていますが、経緯を教えてください。」


高校の時にお世話になった方がキャリアカウンセラーをやっていまして、その方のお知り合いで「自分の会社で右腕になって働いてくれる人を探している人がいるんだけど」というお話をいただきました。

そのお話をいただいた時に少し興味があったのもありますし、手に職もなくこれといった特技もなくて全部中途半端だし、人生の負け組だと思っていたんですけど、何かできる、したいって思いはあったんです。

今まで働いてきて、いろいろな方たちから「絶対何かやりそう」とか「タイプ的に普通のOLの型に収まる感じじゃないよね」とか結構言われてきたのもあって、自分でも自分の人生に対して諦めきれてなかったんですね。

そして紹介していただいた社長に会いにいったんですが、会社として機能していなくて(笑)完全に手弁当だったんです。

全く仕事がなくて、時給800円、保険なし、交通費なし、営業も何もかも全部自費でしたね(笑)


「今では考えられないですけど、ポジティブに捉えれば自由な感じですね(笑)」


その社長のところに思い切って飛び込んで、1年半くらい在籍していましたが、ありとあらゆることをやりましたね(笑)

飛び込み営業もしたり、交流会に参加してみたり、経理の勉強もして一ヶ月で簿記三級満点をとったんですよ!!すごいでしょ(笑)

そこもギュッと集中して勉強しました。TKCソフトの認定証も取得したり、弥生インストラクターの資格を取得したり、その時にいろいろやりました。ここの会社をうまく回せれば、私ナンバー2になれる!と頑張っていたんですよ。

経営の勉強やコンサルタントの勉強をしようと思って研修にいったりとかしました。本を読んで勉強しようと思ったんですが、読むのが遅くて全部積読になってしまったんですよ。

母親業と主婦業との兼ね合いもあってなかなか勉強が進まなくて、これはいけないと思いました。そこで初めて自己投資して速読のセミナーに行ったんです。

名古屋で泊まりで2日間で10万円だったんです。主人に相談したら「そこまでしなくていいんじゃないの」と言われましたが、どうしても行きたいからといって参加しました。その時初めて子供と離れて2日間を過ごしました。


「なるほど、そこで自分のためにお金も時間も使ったということですね。」


そうですね。それからその講座に参加してから数ヶ月間は、毎日1日一冊読むことを続けていました。自分の興味のある本で、ビジネス書と心理学ばっかりでしたね。毎日一冊読んだら、読書メモとしてマインドマップも書いていました。半年近く続けていましたね。

それから社長が外部コンサルタントの意見を聞くようになって、その様子を見たりしていましたが、本に書いてあるようなアドバイスしかしてこなかったんです。経理もやっていたので、あの指導に何万も払っていて、私の時給は800円なんだと思ったら虚しくなってきて(笑)

でもその社長のおかげでいろいろ勉強もできましたし、起業するのは誰でもできる、でも利益を上げて継続することが難しいんだと気づきました。だったら自分でやったほうが早いかなと思って起業しようと思いました。


「そもそも起業したい願望はあったんですか?」


そうですね〜憧れはあったかもしれません。普通なのがつまらないと思っていたので。でも何をやっていいのかも分からないし、やる勇気がなかったんですね。


「なるほど。起業するにあたって何か背中を押してくれるようなことはありましたか?」


速読の講座で一緒になった京都の女性の方から、「算命学」を使ってコンサルしている先生の話を聞く機会があって、興味があって気になって仕方がなかったのでお金を払って一回東京の先生に会いに行ってみてもらったんですね。

そうしたら、目から鱗というか自分には才能がないと思っていたし、人生の負け組だと思っていたけど、自分が短所だと思って抑えていたところが、私の才能だったんですよ!


「短所が長所とはとても大きな違いですね。」


そこでまず衝撃でした。はっきり物事を言うところとかが私の才能だったんです。子供の頃はあまり考えずに素直にできていたことが、大人になると、思いがけずに誰かを傷つけたりとかすると自分も悲しかったりするので、自分の意見をその頃あまり言わないようにしていたんですね。交流会に行って、疑問に思っても自分の意見を言わないスタンスでいたし、大人の処世術だと思っていたんですが、それが同時に自分の長所を消している行為だったということが分かったんですね。

すぐにその先生にお願いをして定期的にコンサルしていただいていたんです。同時に算命学もその先生のところで勉強させてもらいました。算命学は日取りもわかるので、起業するには今年と言われたんですよ。それで社長に退職を申し出ました。




いよいよ起業

たどりついた「運命に伴走するコーチング」


「起業して具体的にやりたいことは決まっていたんですか?」


私の中では起業したいが先だったので、何をやるかは決まっていませんでした。

何をやろうかと思っていた時は、ピンと来るセミナーには全部行っていました。

とにかく必死でした。

自分の才能を棚卸しして行った時に、そもそも才能というのは特別な事をしなくても、息をするように簡単にできるものだよなということが分かって。思い起こしてみたら子供の時から人から相談されることが多かったなということに気がついたんです。

コーチングの資格も二箇所取りにいって、コンサル会社の先生の研修にも参加したりしていました。

まず最初は離婚経験もあったのでパートナーシップがコンセプトの相談を受けることでスタートしました。


「始めてみていかがでしたか?」


パートナーシップをコンセプトで始めたんですが、その関係で相談に来られたのは3人くらいで外資のサラリーマンの方とか個人事業主の方とか、経営者だったりとかが来られることが多かったので、そこから経営者専門になりました。

その後作ったメニューがプチブレイクして全国からお問い合わせがあって東京や大阪などに出張したりもしながら、多くの経営者さん達のコーチングをさせていただきました。

順調に行っていましたが、その時のメニューはインパクトはあったんですが、本質的な変化というところを考えた時には単発ではなく定期的にやっていかないといけないなと強く思いました。人間は一回ではなかなか変わることはできないので、定期的に関わっていきたいという願いが自分の中にあったので、単発のものはやらずに今は基本は年間契約という形で、2週間に一回面談して、その方の希望に向かってブレることなく進んで行けるようにサポートしています。

新しいことにチャレンジする時は、人間って必ず知らず知らずにブレーキを

踏んでしまうので、そのあたりを修正したりしながら伴走していく形で活動しています。


「いろいろ勉強されてきましたが、主婦であり、母でありいろんな側面をお持ちだったと思いますが、ご苦労はありましたか?」


それが…あまりないんです(笑)でもありがたいですよね。

主人の理解もありましたし、子供にも、「お家に帰っておかえりって待っていてくれるお母さんと、自分の好きな仕事をやっているお母さんとどっちがいい?」って聞いたんです。確か中学に進学するくらいだっと思いますが、「ママの人生だからママが決めればいい」って言ってくれたんです。


「カッコいいこといいますね(笑)」


じゃあそのようにさせていただきますみたいな感じですね。


「ご家族の応援と理解があってお仕事をされているわけですが、コーチングはどのように勉強されたんですか?」


まずは信頼のある大手でしっかりと勉強をしましたが、実際にコーチングの世界に入ってみると二大巨頭があるんです!そこのコーチングを学ばないと本物のコーチングの仕事はできないと思って最短期間で取得するためにもう一つの方へも立て続けで行きました。最後の資格取得コースは半年間オンラインで受けるのですが、それが大変でしたね。

資格の試験を受ける前に100時間以上有料のコーチングをしていないといけなかったりとか、条件があるんですね。セッションの内容を書き起こしたりとかストーリーを作ったりとか週に一回くらい宿題も出ましたし、コーチとしての筋力をひたすら鍛えられるようなハードなトレーニングの期間もありましたね。簡単に取得できる資格ではなく、自負できるものを取得しておきたかったんですね。


「最終的な試験はあるんですか?」


国際ライセンスの試験があって、それもまた条件がいろいろありますが3年前に取得しました。それを取得すると世界基準で認められるトレーニングを積んできたコーチの証になるんです。


「一つ目のコーチングの資格を取得したのは前の会社に在籍していた時ですか?」


退職してすぐくらいに取得して、次の資格もその後すぐに立て続けに取りに行きました。

そこに凝縮できるようにしたくて。お金も時間もそこに注ぎ込みましたね。


「コーチングの資格を取得されましたが、先ほどお話に出てきた算命学について教えてください。」


算命学というのは一種の統計学なんですが、定期的にコンサルしていただいてとても大きな衝撃を受けました。

その通りやっていったことで本当に自分の人生もガラッと変わりましたし、今まで見てきたお客様も大きく人生が変わった方もたくさんいらっしゃいます。先が分かることがすごいなと思っていて、それに向けてどうするか、今苦しいのはどこまでなのか、何を備えていけばいいのかが分かるのがすごいなと思いますし、いろいろな摩擦も少なくて経営も人生もスムーズにいくのを見て確信を持てました。


「若林さんご自身が体験されているのは大きいですよね。結構ピタッとハマるものなんですか?」


そんなに大きなズレはないですが、この頃に何かありませんでしたか?と伺うと転機になるようなことがあったりとか。

本当に怖いくらいですね(笑)昔の算命学の使い手さんは危ない目に会うことが多かったんです。中国では戦略を立てるのに使われていたと言われています。戦略って戦いを略す、つまり戦わずして勝つ方法を見つけることなんですよ。


「陰陽師みたいな感じですね。算命学では他にどんな事が分かるのですか。」


そうですね。才能や資質、どういう人生の流れか、宿命、動いて良い時期と悪い時期、財運の動きが分かります。病気なども分かりますが、不安になるような事は必要でない限りお伝えしません。エネルギーの大きさも分かるので、経営者としてプレーヤータイプなのか、経営に集中するタイプなのか、多角経営向きなのかということも分かります。お客様には「自分の取扱説明書」だよって言います。

私自身、算命学は利用しますけど鑑定士ではないと思っていて、コーチとしてお客様に寄り添っていたいんです。

自分の運命を受け入れたうえで、希望を持ってきちんと行動していけば、違う結果が出てくると思います。コーチ的な視点で見ていきたいですし可能性を模索したいですね。


「現在のメニューはどんな感じですか?」


順序はお客様のご要望に合わせる感じですが、今すぐ何かを問題解決しなければいけない状態だったらそこから伺いますが

算命学の結果も利用しつつコーチングも使いながら答えを出して行きます。やっぱり今が整っていなければ何もできないので、状態を見て判断していきます。

算命学の結果は全てお伝えはしていませんし、お客様が受け入れられる状態になった時にお伝えすることもあります。


「お医者さんが診察するみたいですね。」


そう言われればそうですね。


「コーチングを軸にしながら、そこに算命学を加えて活動されているわけですね。」


取扱説明書と言いましたが、ご本人が全く気がついていないことも多くて、自分はこうだ!という思い込みもあるのでコーチングをしながら最適な方向性を出していきます。




人生は大丈夫なようにできている

大切なのは「心」を整えておくこと


「コーチングという言葉は知っていましたが、実際に活動されている方にお会いできてお話を伺えて勉強になります。

伺っているとコーチもしくはコンサルタントという表現になってしましますがその枠に収まっている感じがしない気がしました。」


そうなんですよ。何をやっているのかを的確に説明できなくて(笑)エグゼグティブコーチと言ったりすることもあるんですが純粋なコーチングだと算命学は使わないし、経営だけの話だけではなくて人生相談もあったりするので。

私がやっていることは、何を通して心の中を見ていきましょうかということなんですね。心の中は全て繋がっているんです。考え方の癖とかお金の使い方や人間関係の癖など、心の状態がどのように顕在化するのかだけで、全てに「人となり」が出るんですね。

経営の話から入っていったら家族に繋がっていたりとか。絶対何かに繋がっているんです。

たとえば普段見ているものも心のフィルターを通して見ている。心の持ちようによって見える世界が違ってきます。考え方の癖をどれだけフラットにしていくかによって、自分の選択肢とか可能性とかの見え方が全く変わるんですね。


「コーチングをしながらフィルターを薄くしていくイメージですか?」


そうですね。人間として感情は無くならないしサインとして大事なものですが、思い込みは絶対あるので、それが心の偏りだし自分を苦しめている元だったりもします。痛みを味わいたくないが故に回避行動を起こしてしまう場合もありますし、過去の経験などから人間の本能的な部分で脳が反応してしまうんです。

人生について考えた時、過去に囚われているのはもったいないし、ご本人が納得する答えをコーチとして探していきます。


「心の癖はなかなか難しい問題かなと思いますが、日々の心持ちにもつながるものなんですか?」


そうですね。タイミングもとても大事ですが、自分の心持ちが冷静じゃない時は判断がおかしくなってしまいます。

なので今冷静じゃないなとか、心が良い状態じゃないなと思ったら何もしない方がいいし、整える術をご自身で持っているのであれば、整えてセルフコントロールしてからの方が結果的に良くなる傾向が強いです。


「若林さんもお仕事をされているなかで、いろいろな時があると思いますがセルフケアの方法はお持ちですか?」


私は毎朝起きたてにA4のノート3ページに頭の中にあるものを全部書き出しています。

昨日起きたことの心の様子とかですね。無心で書いていくと思いもよらないものが出てきたりとか。毎日を整えるという意味であれば毎日やっています。


「他に、自分をハッピーにさせるリフレッシュ方法などはありますか?」


体を動かすことは大切だなと思います。散歩とか最近はヨガにいったりとか社交ダンスも習い始めました。体を動かしているときは思考が止まって余分なことを考えなくなるんですよ。思考は妄想なので、だから悩んでる人は今にいないんですね。過去とか妄想の未来にいるんです。

今にいたら何も悩まないんです。今を感じるにはどうしたらいいのということをお客様にもアドバイスをしています。

あと、ある程度感情解放をしておかないと抑圧状態になってしまうので、過去に出せなかった感情とかをセッションの中で出してもらうようにしています。その中では普段言ってはいけないような言葉も出てきますけど(笑)

過去の感情に気づいて解放できていたら楽になりますし、そういったことも必要ですね。

幸せかどうかは自分の心が作っているので、外的要因に影響を受けて落ち込んだり浮かれたりするんじゃなくて外側で何が起こっても、自分の内側がクリアで安定していれば影響は少なくなりますよね。

自分の内側が穏やかでご機嫌な状態で行動すれば、そういったタネを蒔いていくので自分が心地よいループに入っていきます。そこから新しい出会いやチャンスも生まれますよ。


「素敵なお仕事ですよね。いろいろな方の人生をよくできますよね。」


そうですね。人にはいろいろな運勢があって、みんなお金持ちになれますよとは言えないですが(笑)心は幸せになりますよ、ということは言えますね。心が整えばビジネスも良くなりますからね。

本当に心が自由な状態は、自分がどのようにしたら一番良いかを反射的ではなく、選択できる状態です。

自分も含む相手、相手を含む自分、お互いリラックスできる状態を模索していくのが良い人間関係を築けますね。つまりは全体性の視点なんです。


「それができるのは自分の心が整っていないとできないですね。」


自分の心を整えておくのは、自分のためだけじゃなくて、相手に対する思いやりでもありお互いのためでもあります。

周りの人たちにも影響していくので、世界平和を願うのであれば、まず自分がハッピーじゃないといけないんです。


「たくさんのお話を伺ってきましたが、最後に仕事も人生もハッピーになるためのアドバイスがあれば聞かせてください。」


まず大前提として、誰しも絶対にいろいろなところから助けてくれる手がたくさん来ているんです。だけど、実際はそれを受け入れられずに跳ね返してしまっている事の方が多いんです。


「助けてくれるのに、跳ね返してしまっているということは、気づいていない、見えてないこともありますか?」


言ってくれたことや、やってくれたことが好みじゃないとか、思い込みもあったりして拒否してしまっているんですね。

本当に自分を助けてくれようとしている、チャンスだったり、お話だったりは常にいっぱい来ているんです。うまくいっていないと感じているのであれば、そういったチャンスをありがたくいただいて、選り好みせずに一旦フラットに受け止めてみる。その上で自分の気持ちがどう動くかを判断すればいいと思います。

人生にはいろいろありますが、どの人の人生でも絶対大丈夫なようにできているので、これを知っておいてほしいと思います。

必要以上に心配したり、過去や未来に行ってしまう妄想ストーリーにどっぷり浸かる必要はなくて現実世界をみつめて、リスクを回避するための行動をとっておけば大丈夫なんです。


「誰しも不安になることはありますし、“どの人の人生でも絶対大丈夫なようにできている”は安心材料になりますし魔法の言葉ですよね。今日は濃くて貴重なお話をありがとうございました。」



若林さんの活動内容などはHPやブログをご覧ください。


HP&ブログ

https://しあわせ社長.com


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