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ブレない覚悟で運命を引き寄せる     「最愛」スタイル

korugi salon cheri  オーナー 堀内 悠衣奈 さん




運命的なコルギとの出会い。きっかけは…


お仕事についてお伺いしたいのですが、コルギというものが初遭遇でして詳しく教えていただけますか?


コルギは韓国発祥の美容法なんですけど、[韓国 コルギ]で検索すると一番初めに「痛い」と出てくるくらい痛いで有名な施術で効果としては顔が小さくなる、足が細くなるという効果があるんですが、コルギの中でもいろいろな種類があって、空手とか書道みたいにいろいろな流派があるみたいな感じなんですが、私が行っているコルギは韓国の本場のコルギというよりかはそこから良い部分を抽出した彫刻美容という種類のコルギなんです。顔を小さくするだけでなくて、顔を指先で彫っていくイメージで、彫刻刀のように彫っていくので顔を小さくするのと同時に顔に凹凸を生み出したりだとか360度立体的な小顔を作るコルギになります。人相変身術とも呼ばれていて、小顔矯正は顔のサイズを小さくするイメージですが、回数を重ねていくと人相も変えて人柄も変えてしまう、メスの要らない美容メソッドとも呼ばれていて、一般的に言われているコルギとはちょっと違いますね。


なるほど〜いろいろなコルギがあるなかの彫刻美容というカテゴリーなんですね。


大元は奈良にあって奈良県が本校になるんですけど、そこから認定講師の先生が全国にいて、その認定講師の先生のスクールの元で学ぶことができる技術です。


そうなんですね。堀内さんがコルギに出会ったきっかけについて教えてください。


話すと長くなるんですけど(笑)私髪の毛がすごく長かった時があってその後ベリーショートにしたんですね。いきなり。そのきっかけで髪が短くなって顔が大きく見えちゃって「このままじゃダメだ」と思って小顔とかで探したらコルギが出てきて、その時にコルギサロンに行ったのがきっかけです。髪を切ったタイミングも失恋したタイミングで「切ってやる」みたいな感じで切ったんですが、今考えればその失恋がなければ髪も切らなかったし、そう思うとコルギにも出会えてなかったと思います。まさにターニングポイントで髪を切ってコルギに通い始めて本当に顔が変わっていったんですよ。素直にすごいなと思って。私が通っていたサロンの方は、たまたま私と同い年で、誕生日も1日違いで話も合って、いろいろ仕事について聞いていたらやりたくなってしまって。漠然と自分でお店を持つものいいなと思ったんです。

サロンには2年位通いましたが、本格的にコルギで起業したいと思ったので、資格を取ろうと思って検索をしたら、浜松に結構有名な講師の先生がいて、その先生について調べていたら私が通っていたサロンの方がその有名な先生の弟子で、「つながった〜」と思って。これって運命!!とも思えたんですね。私はシングルマザーなんですけど、その講師の先生も同じシングルマザーというのを知って「私もこうなりたいな」と思ってすぐにメッセージを送りました。そうしたら丁寧なお返事をいただきました。いろいろ考えましたが自分への投資と思って、一か八かなんですけど、資格を取るための勉強を始めました。そこも大きなターニングポイントでした。


その失恋がなかったら出会ってなかっというのは大きいですよね。


そうですね。その前に離婚があるんですけど5年前に離婚して4年前に失恋してと、人生のどん底みたいな感じだったんですけど、そこからコルギに出会ったので、全て導かれているのかなと思ってしまうくらいの感じです。


そうなると運命信じちゃいますよね。


そうですよね。神からのお告げかみたいな感じですよね。


じゃあ、ものすごいスピード感だったんじゃないですか。


起業まではとってもスムーズでオープンしたんですけど、そこからコロナが流行り出して。

1月にオープンしたんですけど、2月3月くらいからコロナが流行り出して、4月に緊急事態宣言が出てしまって。大丈夫かなぁと。

オープンの時は自分の自宅とは別に8帖一間のアパートを借りてそこから始めたんですけど、最初から上手くいくはずもなくて。その時にホームページとアプリとweb予約の勧誘がありまして。集客が上手くいっていない時は「何か動かなきゃ」という気持ちになって、焦ってどうにか打破しなきゃという気持ちになって、お金も無いけどなんとかしなきゃという気持ちの方が大きくて。

で、その時にホームページとアプリとweb予約の契約をしたんですが、作ったからといって上手くいくわけもなく、その後、固定費が払えなくなってしまったんです。

でもインスタグラムでは上手くいっている風を装わなきゃいけないので、気持ち的には地獄な感じの一年目でした(笑)

そこからバイトもしながら、お店を運営していたんですが、途中でお金を払えなくなってしまったのでブラックリストにのったんですよ(笑)ブラックリストにのって、溜まったものを分割で支払う形にしたんですけど、本当に大変でした。でも子供もいたので生活はしなきゃいけなくて必死でした。でも、運が回り始めたのはそこからですね。


起業まではスムーズに運んで、でもそこで一回落ちて、

そこから歯車が回り始めたんですね。


そうですね。「やるぞ!」みたいな感じです。


結構極端な振り幅ですよね。


極端ですね(笑)経営のことも美容業界のことも一切知らないただの人間で、何も知らずにやり始めたらこうなるよなという状況に陥って…。でもそこから結構集客が上手く行き始めて回るようになって、起業して2年で自宅サロンに移転して、今移転して1年が過ぎた感じですね。


オープンしたタイミングはランタンの服部さんと同じくらいだったんですね。


そうですね。服部さんは元々お客さんで、スウェディッシュマッサージをやっていますというのを聞いて、お互い頑張りましょう!となりました。




自然豊かな地での幼少期

バレーで培った「あきらめない心」


なるほど。オープニングトークでだいぶ濃い内容をお伺いしましたが(笑)今からはそこに行き着くまでのお話を伺っていきたいと思います。ご出身は浜松なんですか?


ずっと浜松ですね。短大の時は浜松から豊橋に通っていたくらいで県外で生活とはか無いですね。


では小中高は浜松だったんですか?


いえ、小中は浜松で高校は磐田でした。で短大で豊橋に行きました。


ご自宅から通われていたんですか?


そうですね。自宅が山奥で、天竜区の阿多古出身でそこから磐田の高校まで通っていました。豊橋へはさすがに遠かったので、家族で曳馬に引っ越してきてそこから通いました。


自然豊かなところですよね。


だいぶ、山しかないですね(笑)


磐田まで結構時間かかりますよね。


めっちゃかかりますよ(笑)まず最寄りのバス停まで車で15分くらいかかって二俣駅からバスで50分くらいかかるのでトータル1時間半くらいですね。


高校の時クラブ等熱中していたことはありますか?


バレー部でした。もともとバレーのスポーツ推薦で高校に入って。山奥の中学のバレー部だったんですけれど、目に留めてくれたみたいで推薦で進学しました。


体を動かすのは好きだったんですか?


阿多古は本当に何もなくて。今みたいにスポーツ少年団のようなものもなくて、中学に入って初めてボールを触ったくらいでした。テニス部かバレー部しかなくて、テニス部が盛んでみんなテニス部に入りたがるんですね。先輩がみんなテニス部に入ったのでその時のバレー部は部員がゼロだったんですよ(笑)でも私はどうしてもテニス部に入りたくなくて「バレーやるぞ!」と思って。うちのクラス女子が12人なんですけど、バレーをやりたいからそこからなんとか6人集めなきゃと思っていたら奇跡的に6人くらい集まったんですね。それでなんとか活動できるようになって、中1からみんなでボール触り始めて、先生も今までテニスしか力を入れてこなくて、いきなりバレー部6人集まったぞみたいな感じになり、初心者の先生がゼロから一緒に頑張る感じだったんです。みんな初心者だし、当たり前に試合でも負けて、25対0で負けたこともあったんですよ(笑)でもみんなで活動できて楽しかったんですね。性格的に熱中するとすごく熱中しちゃう人で、山の中で何もなかったんでとにかく部活しかしてなかったんですよ。中1の時は勝てなくて、中2の時も勝てなくて、中3の時に目に留めていただけて、そこから運良く推薦もらえた流れですね。


さきほどおっしゃていた熱中してしまう性格というのは自覚はされていたんですか?


そうですね。多分負けず嫌いなんですね。負けてヘラヘラして終わるタイプではなくてボロ負けした時に「数年後みてろよ!」みたいな感じになったんですよね。1年生だからしょうがないよね〜(笑)みたいな感じではなくて、みんなやるぞ!2年後やるぞ!みたいな感じだったから、それでみんなで頑張っていたんだと思います。


キャプテンだったんですか?


全然キャプテンじゃないです(笑)キャプテンは別にいて部長も別にいて、ただの部員だったんですよ(笑)


ムードメーカーのような立ち位置だったんですか?


いえ、そうでもなくて(笑)別にみんなを巻き込んで「やるぞ!」と言っているわけではなくて、一人で絶対やるぞと思っているタイプです。「さぁ、みんな頑張ろうね」というタイプではないですね。言わないけど、一人で闘志燃やしているというか、内に秘めるタイプでしたね。


そこから進学して高校の時のクラブ活動はどうでしたか?


高校に入って初めて上下関係を目の当たりにしました。田舎の中学だったので先輩も優しいし、上下関係なんてなかったんですね。だからいきなり縦社会でびっくりしてしまいましたが、良いチームメイトに恵まれてみんなすごく仲良くて、いろいろ大変だったんですけど、この代で良かったなと思えるチームメイトに恵まれました。あのチームじゃなかったら頑張れなかったかもといってもいいくらい仲間に恵まれたと思います。


上下関係を覚えてから、

先ほど出て来た負けず嫌いの性格と相反するものはなかったですか?


いろいろありましたね(笑)2個上の先輩はすごく強くて、でもすぐに引退してしまって。その後1個上の先輩と私たちの代で新しいチームを作ることになったんですけど、私達の代の方がうまくてレギュラーポジションを全部取ってしまう勢いだったんですね。1個上のエース級の先輩が2人くらい入ってあとは全部1年生みたいな感じで(笑)試合に出ている一年生の飲み物を先輩が作るという、少し複雑な感じでした。試合には出るけど、先輩は先輩なので、とても複雑でした。


逆だったんですね。


特殊な環境だったんです。練習の時も先輩からボールをもらったりして、そういう変なストレスもあったんじゃないかと今は思いますね。部活の方針が「仲良しごっこをするな」という感じで、顧問も怖くてその先生がそういった方針で、ミスしたら指摘し合うような環境で部活をするというのもあって、それも割と面倒くさくて。ことあるごとに話し合って喧嘩しろって(笑)

でも今思うと「あきらめない心」だったり大事なことを学んだと思いますね。部活やっていて良かったなと思いますね。


分かります。大人になってから初めて気がついて分かることってありますよね。

僕も高校時代は鍛えれれたので、しんどい事があっても「まだできる」と思えるし足腰になっている気がします。


そうですね。軸のように「あの時頑張れたし、あの時より大丈夫だ」とか思えますしね。

本気になれるものが高校時代にひとつあった事はすごく良かったし、自分の心の軸になっていたと思います。私にはこれがあるというか性格的にもそういった軸があったほうが上手くいくタイプですね。例えば恋愛でも一本しっかりした軸があって、その付属として恋愛をした方が上手く行くなと思います。

今も仕事が軸になっていてその付属でいろいろな事があるので、人生が上手く回り始めたのかなと感じていて、経験から学んでいるなと実感できますね。




憧れの職業 そこで直面した厳しい現実と

自分自身が変わってしまうことへの恐怖


部活動に打ち込みましたが、引退後は進路を考えなくてはいけないと思います。その時にやりたい職業はあったんですか?


ありました!昔から幼稚園か保育園の先生になりたくて、それか事務系にいくのかの二択で考えていてずっと夢だった方にいくのか、安定の方にいくのか悩んでいました。密かに美容にも興味があったんですけど、ずっと部活ばっかりやってきて「お前が美容」と思われるのがイヤで、先生にも何か言われるかなと思ったりもして。部活の顧問との面談もあったんですけど、顧問の先生に「美容」とは言えないなと思って、保育か事務かと思っていていたら顧問の先生から「悩む必要なないだろ。お前は保育だろ」と言われて(笑)「えっ、そっち」(笑)という感じで、保育科がある短大に進学することになりました。


保育園の先生への憧れはあったんですか?


幼稚園の時からありましたね。両親が結構放任主義で、母も父も家にいることが少なくて祖母が見てくれていて、兄も歳が離れているのもあって基本一人だったんですね。それで幼稚園で爆暴れしてまして(笑)寂しさなのか、構ってほしいなのか、他のお友達をみて羨ましいという気持ちだったりいろいろな気持ちが入り混じって、とにかく暴れてたんですよ。


想像できないですね。


ほんとひどかったんですね。今思うと注目して欲しかったのかなぁ。幼稚園年中くらいから夜寝るもの一人だったんです。今思うと考えられないんですけどね。本心では親と寝たかったんですけど、言えなくて。そういったことが積み重なって幼稚園で爆発していたんだと思います。その時の担任の先生がとっても優しくて。二人の時間を作ってくれたりとか、おんぶして散歩に行ってくれたりとか、そういうのもあって落ち着くことができて、その時から幼稚園の先生になりたいと思いました。


なるほど、実体験からですね。


その時から漠然とですが、憧れていましたね。その体験をずっと覚えていて、そこから他の職業に興味を持ったことはありましたが最終的には現実的に考えて保育科に決めました。


そこから豊橋の短大へ通われて、2年間勉強されて卒業後はどうされたんですか?


保育園へ就職しました。ですが…園によって色が違うというか…私の中で「保育園とはこういうところ」とか「保育園の先生はこういう人」という夢を持って入ったんですね。私自身は山の中のゆったりとした環境で育ったのもあって、その経験と目の前にある環境とのギャップが大きすぎて。その園はとても教育熱心で厳しいところだったんですね。

現実に直面して、自分が思っていた保育士像と違うなと感じてしまって。自分が「これってどうなの?」と疑問に思うことを、方針だからといって自分がそうするのが嫌だったですね。う〜ん、なんというか自分自身が変わってしまいそうで怖かったです。それでこれを続けていくのはキツイなと思って2年ほど働いて退職しました。


2年働いて別の保育園に行くという選択肢はなかったですか?


なかったですね。その時は何か他の仕事をしてみたいなと思っていたんです。短大に通っていた時に服屋でバイトをしていたこともあって、そういうジャンルもいいかなと思って環境を変える意味で東京とかで新しく仕事をしてみようかなと思ったんです。いろいろ就職先を探して、面接に行くくらいまで進んだんですが、当時お付き合いしていた彼と一緒に住み始めることになって、その後、妊娠したんですね。それで東京に行く話がなくなってしまったんです。それが23歳くらいの時で、結婚の話も出ていたんですけど、流産してしまったんです。でも、結婚の方向に進んでいたので、結婚することにしました。


また、大きく動きましたね!


動くんですよ(笑)すごいんですよ!またもやターニングポイントでしたね。




結婚、出産を経て迎えた人生の転換期

どん底の時に出会ったコルギへの憧れ


その後、結婚された後のお話を教えてください。


はい、結婚式も挙げて、新婚旅行にもいって、子供も授かって24歳の時に出産しました。


そこからは子育てに専念されたんですか?


そうですね。妊娠するまでは派遣の仕事でガソリンスタンドとか百貨店の販売員とか工場とか20くらいいろいろな仕事をして、そのなかでいろいろな人を見てきたんですね。いろいろな場所と職種に触れて、人間観察ができたんですけど、今それがとても活かされているんですね。職種による愚痴とか悩みとかも全部違っていて、今の仕事のお客様もいろいろな方がいらっしゃって、いろいろな職種を経験したからこそ、それぞれの方に共感できるんですね。1年くらいでしたけど、とても良い経験になりました。


いろいろな職種を体験できるのは貴重なことですよね。


自分で仕事を選べるのはありがたかったですし、1年くらいでしたが濃い、良い経験になりました。


お子様が産まれてからはいかがでしたが?


またここからも濃い話になるんですが(笑)子供が産まれて、その時は袋井に住んでいて、旦那さんが仕事で夜遅くに帰ってきて、その間私は一日中一人で子育てして。土日も旦那さんは仕事だったのでずっと一人でしたね。

その後なんですけど、旦那さんの浮気が発覚して、家族会議もして話合っていたら、原因の中に私に関することがあると分かって。その後いろいろな話をしました。その時は、きちんとしてお金を貯めて家を建てようという方向性も出ました。家を建てるとなるとお金を貯めなければいけないので、子供を保育園に預けて働くことにしました。その時は企業主導型の認可外の保育園しかなくて、月謝が8万円くらいだったんです。お金はかかりますが私が働くことによって家族の雰囲気が変わって、立て直しができるかなと思って決断しました。働くからには好きなことをしたいと思ったので、子供と関わることにしようかなと思って、働き始めました。私も働いて、子供も保育園に通って新しい生活が始まって、いい感じに家族がまとまってきたかなと思っていた時に二度目の浮気が発覚したんですよ。さすがにもう無理となって離婚の方向へ進みました。


離婚を決意されたのはおいくつの時ですか?


27歳ですね。袋井に住んでいたのですが、引っ越さなきゃと思って、まずは子供の保育園と家を同時に探しました。仕事先が竜洋だったので浜松の南区で探していたのですが、途中入園だったので入れなくて、運良く入れたのが東区だったので家も東区にして引っ越しました。けど、東区から竜洋までがとても遠くて、朝7時に子供を預けて出勤していたのですが

いつもギリギリになってしまって、正社員の時間で働けなくなってしまってパートで働きました。子供と二人暮らしでしたが、とにかくお金が追いつかなくて。子供が具合が悪くなって休んでしまうと時給なのでお給料もその分下がってしまって…。

子供の月謝は、保育園が小規模でシングルマザーだったので無料だったのは助かりましたが、家賃とかでいろいろ出費があって苦労しました。日々の生活はなんとかなりましたが、貯蓄は全くできてなくて、でもどうにかして生活を変えなきゃとずっと思っていました。で、冒頭の失恋を経験してコルギに繋がるんです。


なるほど!!そこからまた動きだしたんですよね。

そこからコルギに出会って今に至るわけですが、そもそも通い始めてきっかけやサロンを選んだ理由を教えてください。


失恋をして、自己肯定感が底辺くらいになっていて、その時に「ぜったい綺麗になってやる」と思ったのがきっかけです。

慰謝料としてまとまった額のお金も入ってきたこともあって、自分のために使おうと思いました。サロンを選んだ理由ですが、コルギはもともと体験してみたいなと思っていたので“コルギ”で調べて直感で「ここだ!」と思って通いました。

結構そういうインスピレーションを感じることが多くて、「御告げ」かなと思えるほどです。そこからトータル2年ほど通わせていただきました。


初めて行った時のことは覚えてますか?


お店の感じはきちんとリノベーションされていて、きちんとお店になっていましたし、同い年の子がこんなことをやっているんだと思いました。施術してもらいましたが、イメージと違っていて痛みもなくて顔もすごく変わっていて。いろいろ話をしていく中で同い年ということも分かって通っていくうちにコルギの魅力にはまっていきながら、仕事としての憧れも出てきました。

施術後の結果も見た目で違っていて「通いたい」ってなりました。通うのには周期があるんですが、ちゃんと通ってちゃんと結果が出てゴルギのおかげですごく気持ちが上がってきたというか、自信につながる施術なんだなと実感できました。


実際にコルギを仕事としてやってみたいと思ったのは何回目くらいでしたか?


1年経ったくらいですね。28歳で起業すると決めたので1年くらいですね。その当時バイトをしていましたが、その時間を勉強時間にしたりしながら、半年くらい通って資格を取りました。国際ライセンスで費用も70万ほどかかりましが一生ものだし自分への投資かなと思って。一か八かですけどね(笑)




自分で考えることの大切さ

そこから導き出されたコンセプト


そこから良い方向に進んでいますが、その決断力がすごいですね。


なんでか分かりませんが自分で「必ずできる」と思って、もともと無理なことはやろうとしないタイプなんですね。いろいろ迷うじゃないですか、でも自分の中での確信はあったんです。師匠はコルギがまだそんなに流行っていない時から始めて10年間サロンを運営できていて経営もうまくいっていたんですね。コルギが無名の頃から10年も運営できるって相当すごい技術なんじゃないかなと思って、そういった自信もありましたし、こういう人になりたいという先生への憧れが強かったと思います。


目のつけどころが良いですよね。


そう思います!(笑)東京だと2、3年前からコルギが流行っていて、浜松はそれが入ってくるまでに2,3年遅れて入ってきて流行り出すんですね。私が資格を取った3年前は、東京だと美意識が高い方はコルギの施術を受けていて、でも知っている人は少なくて。だから今から始めたら起業して起動に乗る2、3年後には来るぞ!って思ったんです。根拠のない自信だったんですけどね。


アンテナの張り方が上手なんだと思います。そして僕はそれをキャッチする能力も必要だと思っているんですね。

広告でも同じことが言えて、そういった作り方をしている時もありますが、意識をしている時は必要なことが自然と入ってくるんですよね。今までインタビューさせていただいた方に共通することですが、みなさんアンテナの張り方がとても上手だと思いますし、何があっても止まっていないんですよね。そこがすごいなと思います。


そうなんですね。情報をキャッチするのも大切ですけど、自分で考えることも大事だなと感じています。そこから行動に移せますし、私はそういう人生なんだなと感じるようになりました。


資格も取得してお店も順調ですが、現在の自己評価はいかがですか?


現状に満足できないというか、満足しない人なんです。他の人からみたらお店も移転して二ヶ月先まで予約が埋まっていて起動に乗っているように見えるかもしれませんが刺激を求めるのか、上を見ているのか次のことを考えてしまうんですよね。来年に豊橋に二店舗をオープンさせようと思っていますが、それも大変になるじゃないですか(笑)

そういう人生かなと思っているところもあって、このままいけば安定してお金も貯めらるかもしれませんが、それよりもやりがいだったり、次の事を考えて現状維持にならないようにしています。たぶん意識的にですけどね。


すごく分かります!僕も仕事をしながら常にアップデートしていたいと思っています。トライできる環境や準備は自分で考えれば整えられますよね。

新規オープンから今までいろいろあったと思いますが、お店を出すときに理想のサロン像はありましたか?


ありました。ノートに大きな目標や小さな目標だったり、テーマカラーやコンセプとなどをいろいろ書きました。その時決めたのは「口コミ」で行こうと思ったんです。私は美容業界にいたわけではないし、起業したこともないので自分にできることは何だろうって考えた時に「人を大事にすること」と「分け隔てなく話すことができること」かな。あと友達が多いことですかね。それでとにかく口コミをいただいて、それを数値化しようと考えました。インスタを集客のメインにしたかったので、いろいろ研究しましたが、口コミを掲載している人はいても件数まで載せている人はほとんどいなくて。数値化すれば分かりやすいし、多くなれば信用度も上がるかなと思いました。起業する前は浜松、磐田、豊橋にいる友達に練習相手になってもらって、写真も掲載して、口コミも掲載して投稿し始めたんですね。プレオープンの期間は3ヶ月ほどあったんですけど、そのおかげでスムーズにオープンすることができましたし、友達の地域が違うこともあって、それぞれからお客様が来てくれるようになりました。

それからも写真と口コミも継続して少しずつ集めて、少しずつ投稿するようにして今に至るといった感じです。


集客の仕方として、今っぽいなと思います。インスタをうまく使えているんだと思います。


お店もインスタもブランド化したいと思っていて、あの人が良いって言っているからこのサロンに行きたいって思えるような売り方をしたいと思っています。インスタはとてもオシャレな感じだけど、実際にサロンにきて話してみたら気さくで安心できるサロンだなという印象を持ってもらえるように頑張りました。


今の時代の広告発信としては大正解だと思いますし、ご自身で全部考えているのがすごいと思います。


それはとても嬉しいです! 私、「どうでもいいことを覚えている」というのが特技で(笑)前回来てくれたお話の続きをするというのを意識しています。それを続けていたら、報告するために予約を入れてくれたりとか、定期的なメンテナンスでお客様が来てくれて安定していきました。コルギは美容だけでなくてセラピストにも近くてリラクゼーションもあったりとか、お客様のニーズによって使い方がさまざまなんですね。お客様の層も広いので集客もしやすいのかなと思ったのもコルギを選んだ理由の一つですね。


先ほど豊橋に新規でオープンするお話が出ましたが、そのお話を聞かせてください。


豊橋は豊橋でオーナーの色を出してもらうつもりで、私のサロンで予約が取れなかった方が豊橋店に行くのではなくて、豊橋店のオーナーにお客様がついてもらえるようにしていきたいなと考えています。お店の名前は貸す形にはなりますが、コンセプトや接客などの軸となる部分は同じで、技術も同じようにしていきますが、その人に施術してもらいたいという形にしていきたいんですね。豊橋店でオーナーをしてもらう方は、きっかけは人始まりで、インスピレーションを感じて、お互いのタイミングも合って求めているものも合ったので、じゃあやろうということになりました。

どうなるかは分からないので、怖い部分もありますけどね(笑)


でも今までのお話を伺っていると、何とか乗り越えていけそうな気がします。


そうなんですよね。大変な時ほどめっちゃ考えて絞り出てくる感じですよね。追い詰められた時のアイデアの方が良い場合がありますよね。






自分を大事にするために、ありのままの自分を好きになる


今お仕事をしていて、どの瞬間が楽しいですか?


やっぱりお客様が「はぁ〜(喜)」って言って喜んでくれた時ですね。「変わった〜」って言ってもらえると素直にうれしいですね。


それは、堀内さんが始めてコルギを受けた時と同じような反応なんですか?


そうですね。「あぁ、変わった〜」と言葉に出さなくても表情を見ていると分かりますね。うちのサロンには「愛する人に愛される」というものと「ありのままの自分を好きになる」というコンセプトがあって、シェリって「最愛」という意味があって、自分が愛されなかった過去も含めて、その理由は自己肯定感が低かったり、自分に自信がなかったりとかが原因になっていると思うんですよね。自分のことを好きになれない人が、人から愛される訳がないということに気がついて。自分のことを好きにならないと、自分の好きな人にも愛されないし、自分を大事にできない。自分を大事にするためには、ありのままの自分を好きにならないといけないという二つのことを叶えたいと思ったんです。自分もコルギを通して自己肯定感が高くなって、自分に自信を持てるようになったんですよ。そういったことを感じてもらえるお客様を増やしたいなと思って、コンセプトを考えました。

施術が終わったあとにLINEを送って、お返事をいただくんですが、「前よりも自信が持てるようになりました」という言葉をいただくと、やっていて良かったなと思います。

お客様はそれぞれお悩みがあるので、そこを改善しながらも、もともと持っている良い部分を伸ばしたいなと思っています。自分で気がつかない良い所ってたくさんあると思うので、気がついた良い点を言葉でお伝えするようにしています。そうすることでお客様自信が今まで見えなかった魅力に気がついていただけると思うんですね。それを実感してもらった時、良かったと心から思えます。


お客様へ気づきを促しながら、丁寧にお伝えしているような感じですね。

先ほど美容、メンテナンス、リラクゼーションといった側面があるとおっしゃっていましたが、どのジャンルが一番多いですか?


今はブライダルが多いですね。もともとブライダルメインでやりたいと思っていました。結婚式場と提携するとも言っていましたがそのくらいブライダルでいきたいなと思っていて、おかげさまで最近はブライダルが多くなってきましたけど、月一回の癒しやご褒美で来ていただいている方も多いですね。

コルギの効果を持続させるためには3週間に一度がベストなんですね。一回整えたものは戻ってしまうんですけど、戻り始めるのが3週間で持続性が高いんです。骨に圧力をかけていく内側からのメンテナンスなので持続性は高いのですが、戻り始めるくらいのタイミングでもう一度施術して、それを繰り返すことによって定着していくんですね。

さっき元に戻すと言いましたが、施術をすることによってポテンシャルを引き出すという言い方の方が正しいかもしれません。

見た目が変わることで、内面からの自信とも相まって人相が変わっていくんですね。自信がある人が綺麗に見えるのは内面も大きな要因だと思います。


毎日お忙しいとは思いますがお子様とのコミュニケーションはどうですか?


意識的に時間を作ってはいませんが、感覚としては、友達というか戦友みたいな感じですね。乗り越えている時も一緒にいるし、全部見ていますからね。

最近では大きくなったら僕がママのお仕事を手伝うねと言ってくれたりしますけど、素直に嬉しいですね。


現在軌道に乗って充実していらっしゃいますが、今後についての展望を教えてください。


夢はやっぱり資産を増やす!ですかね(笑)不動産にも興味があります。あくまで最終目標ですけどね(笑)

仕事の目標は今度豊橋店をオープンしますが、同じような形で店舗を増やして、シェリブランドを広めて行きたいですね。

コルギ一本のサロンを名前貸しの個人店として各地域に増やしていけたらと思っていますし、そうなればコルギの魅力をもっとたくさんの人に知っていただけますからね。そうやって心の片隅に想いをおいておけば、良い出会いにも恵まれるだろうし、アンテナも張るので良い情報にも出会えると信じています。


このサイトは頑張っている女性を応援するというコンセプトで運営していますが

読んでいただける方、これから起業したい方、もっと仕事を充実させたいとお考えのみなさまへ最後に一言お願いいたします。


何をするにも覚悟があるかでないかで全部変わると思います。きちんと覚悟さえ持っていれば辛いことがあっても投げ出したりしないと思うし捨て身でいけば何があっても大丈夫だと思います。ブレない覚悟、これが大事だと思いますよ。


今日は貴重で濃いお話をありがとうございました。





堀内さんの活動内容などはインスタグラムやHPをご覧ください。


インスタグラム

https://www.instagram.com/cheri_yuina/


HP

https://cherikorugi.com


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